説明
ケンセイ コノエジュウシロウ/稀代の剣豪スターとして名を遺す俳優近衛十四郎の没33年を記念して出演作品22本を上映した2010年の特集イベント。近衛十四郎(このえ じゅうしろう)本名 :目黒寅一、のち寅彦。1914年4月10日、新潟県長岡市生まれ。市川右太衛門プロの研究生から日活を経て、1934年に監督・白井戦太郎の勧めで近衛十四郎を名乗り、亜細亜映画『叫ぶ荒神山』で主役デビュー。翌年、大都映画に入社、スターの地位を確立。1936年兵隊として戦地へ、帰還後も主演を続けるが大都映画は1942年に大映に統合、近衛十四郎は一座を組んで舞台実演の地方巡業に走る。同年2度目の応集、1946年復員。1951年、実演に見切りを付けて1952年東映「遊侠一代」で映画界復帰、翌年1953年から総芸プロと契約して新東宝で斬られ役からの再スタート。1953年坂妻こと坂東妻三郎の死去に伴い大曾根辰夫監督に見いだされ松竹京都へ入社「花の生涯」が松竹デビュー、歌う映画スターで人気復活した高田浩吉主演の「お役者変化」「八州遊侠伝 白鷺三味線」等で高田浩吉の大敵役を演じてその剣技が認められ、1955年『風雲日月双紙』で準主役に、「元禄名槍伝 豪快一代男」で単独主役にカムバックを遂げる。「まだら頭巾剣を抜けば乱れ白菊」「浪人街」「江戸群盗傳」「浮世風呂」「赤城の子守歌」「柳生旅日記 天地夢想剣」「柳生旅日記竜虎活殺剣」等に主演しダイナミックな剣技を披露している。松竹時代劇の衰退から1960年高田浩吉に続いて東映に移り市川右太衛門「あらくれ大名」が東映での移籍第1作、第二東映発足でスター補強の効果もあり「砂絵呪縛」「獄門坂の決斗」「遊侠の剣客片手無念流」「遊侠の剣客つくば太鼓」「豪快千両槍」「無法者の寅」が続き、1961年に当たり役柳生十兵衛に扮した「柳生武芸帳」に主演、シリーズ化され9本製作されるほか「忍者狩り」「雲の剣風の剣」「祇園の暗殺者」等多くの主演作で素晴らしい殺陣を披露。主演に敵役にその剣技を東映というグランドで大いに発揮して、やがて任侠映画にも出演する一方で1964年TV「柳生武芸帖」26回、1965年、「素浪人月影兵庫」の主役に迎えられ、共演の品川隆二と共に一躍お茶の間の人気者になり第2シリーズまで4年間続く。原作者南条範夫のクレームで1969年に番組は「素浪人花山大吉」にリニューアルされて約100本。糖尿病で約2年間の病気休養後、1973年「素浪人天下太平」「いただき勘兵衛旅を行く」の両シリーズで主演したが病み上がりで往年のキレが薄くなり、1974年渡哲也・渡瀬恒彦の「忍法かげろう斬り」で柳生十兵衛役でゲスト出演して殺陣を披露したが1976年には引退。1977年5月24日死去, 63歳。妻は女優・水川八重子、長男は俳優・松方弘樹、次男は俳優・目黒祐樹。約240本の映画出演、「日本映画史上最も殺陣の上手い役者」「古今東西ナンバー1」と評される剣豪スター。2008年ワイズ出版「近衛十四郎と品川隆二」、2021年雄山閣 谷川健司「近衛十四郎十番勝負」が出版されているが、何と言っても1974年永田哲郎著「殺陣」で近衛十四郎の殺陣を特集して評価したのが白眉。2010年10月3日~11月6日ラピュタ阿佐ヶ谷。【サイズ:B2ポスター】【年代:2010年】




