説明
ヒボタンバクト ニダイメシュウメイ/原作:火野葦平「女侠一代」、脚本:鈴木則文、音楽:木下忠司。殺陣:谷明憲。監督:小沢茂弘。第1作公開から半年間で緋牡丹博徒シリーズも第4作となるほどの大ヒットで連作されて藤純子は東映のエースに成長、矢野組矢野竜子が熊本へ戻って矢野一家二代目襲名して筑豊本線鉄道建設と川人足との争いに巻込まれる。ゲストは高倉健で兄貴分若山富三郎扮する熊虎親分は登場しない分待田京介の不死身の富士松が活躍、清川虹子のお神楽おたかが助っ人になるが成金の遠藤辰雄や川人足の頭である石山健二郎が魅力的な出番で長門裕之は狂言回し。ゲストの侠客健さんが格好良い。芸者役で八代万智子が出演。1959年に松竹で同名原作を清川虹子で主演しただけに清川は感慨深い印象があったと推察。鉄道建設工事工事を横取りして川人足を追い出す悪ボス荒木田一家(天津敏)によって嵐寛寿郎親分・長門裕之・石山健二郎が犠牲になり、ラストはおたかが喧嘩状を叩き付けて矢野一家(お竜・待田京介・高宮敬二・大前均)が河原に船で殴り込む。駆けつける警察にはお神楽のおたか(清川虹子)が待ったを掛け、河原での対決場面で健さんが助っ人で大活躍してお竜ドスの舞い。天津敏が「殺すのには惜しか、一編抱いちみたかった」という台詞から始まる喧嘩。荒木田一家には小松方正・楠本健二・川谷拓三。矢野組には高宮敬二、大前均。川人足には阿波地大輔、有川正治。竜子は父の墓前でもう少し修行する報告をして旅に出る。小沢茂弘演出はツボを心得て小気味よい、時に藤純子24才、自分は18才の高校3年生の自分がすっかり顯さん・純子・若山・鶴田の任侠映画ファンになって義理人情世界に浸り、映画館を出りゃ誰と争っても五分でやれると信じて、受験そっちのけで映画にはまる時期だった。1969年4月10日〜21日豊橋東映、併映「妖艶毒婦伝 人斬りお勝」。1969年7月23日〜29日松竹シネマ、併映「関東おんな悪名」【サイズ:B2ポスター&スチール・ロビーカード】【年代:1969年】






