1950年代~1960年代初めまでが日本の映画黄金時代。豊橋市を中心に愛知県東三河地方でも40館以上存在した時期があり、豊橋市では1961年上期に13館存在した時期がありました。「映画館」はまちなかに溶け込み娯楽の中心として大いに栄えました。戦後の映画黄金時代はおよそ10年以上継続しましたが、高度成長につれてレジャーの変化やテレビの普及とともに映画産業は急速に斜陽産業となって1964年の東京オリンピック前後で閉館が相次ぎ、それでも映画館はまちなかで細々と生き残っておりました。豊橋市では1999年に日本一の18スクリーン数を誇るAMCシネコンの出現で更に厳しい時代となり市内では2001年でまちなかから映画館がなくなりました。
翌年の2002年に現在も継続の「とよはしまちなかスロータウン映画祭」がまちなか活性化と映画文化向上を目的としてまちなか一帯でスタート。
映画の楽しさを子どもの頃から観て育ち、楽しかった思い出の「映画館」の写真・プログラム・チラシ・新聞広告などで昭和映画文化遺産として残すことを思い立ち、映画が「心のビタミン」としての価値を残す地域資料を少しずつですが公開していきます。