青ヶ島の子供たち女教師の記録

左幸子/香川京子、佐分利信、杉村春子、池内淳子、宇野重吉、若杉嘉津子、田中春男、中山昭二、沼田曜一、相馬千恵子、林寛、小峰千代子、浅野進治郎

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説明

アオガシマノコドモタチオンナキョウシノキロク/原作:柴田万三 脚本:舘岡謙之助 音楽:服部正  監督:中川信夫  戦後教育のモデル校と僻地の分校の子供たちの姿を、その両方に赴任した女教師の目を通して描いた中川信夫監督作品。文部省選定。1950年代当時の東京都青ヶ島の厳しい生活環境が、現地ロケによってドキュメントされていてリアルタイムの社会や世相が描かれている。映画の中盤以降は、まだ島に港がなく、上陸するにはフェリーから小舟に乗り換えて岩だらけの入江に入らなければならず、冬には海が荒れて本土との連絡がまったく途絶えてしまうという現実が生々しい。新卒の広江節子(左幸子)は日吉坂小学校の女教員になった。その夏、妹の良子(池内淳子)が八丈島へ嫁ぐことになったので、節子は故郷の青ケ島の土を踏むが、昔ながらの酒とケンカと神頼みの村だった。節子は村長の娘。小学校を訪ねた彼女は、東京から赴任した二人の女教員が、みじめな島の生活に耐え切れずに帰ってしまったので、手不足で弱っていることを知る。彼女は両親の反対を押しきり、青カ島で教鞭をとることになる。子供たちに島の様子を作文に書かせて、日吉坂小学校の森先生(中山昭二)に送る。無医村では、病人が出来ると巫女(小峰千代子)を招いて祈祷をしてもらうのだが、節子は教え子の東助が高熱を出したとき、迷信を打破するために闘う。秋から冬にかけては海が荒れ、シケで定期船は例年より一カ月も早く運休。食糧や日用品が欠乏し、「牛まつり学芸会」も中止され、お正月にも餅がなく、芋ばかりを食べて暮らした。節子の年賀電報で、森先生や日吉坂小学校の子供たちは、青カ島の深刻な有様を知り、島の友達を救おうと街頭募金運動を開始、救援物資は続々と集められた。子供たちの熱意は不可能だと思ったことを実現させた。PTAの尽力もあって新聞社の航空機が物資を運んでくれることになり、青カ島の上空に飛来した航空機から、真心のこもった物資の包みがいくつも投下。節子たちは涙をうかべて、手をふる。真面目な新東宝作品。ポスターキャッチ「黒潮の果てに湧き起こる愛と希望の讃歌!」1955年11月30日~12月6日豊橋国際劇場、併映「森繁の新入社員」。【サイズ:A2ポスター】【年代:1955年】