説明
二ホンフィルハーモニーモノガタリ ホノオノダイゴガクショウ/原作・脚本:今崎暁巳 脚本・監督:神山征二郎 音楽:林光 演奏:日本フィルハーモニー楽団 風間杜夫・田中好子共演。1956年に創立されて17年目の1972年、経営主である放送局に資金援助を打ち切られ、解散を余儀無くされた日本フィルハーモニー交響楽団が存続を希望する楽団員たちによって独自の道を歩むまでを描く群像ドラマ。1972年 日本フィルは経営主である放送局から援助打ち切りを通告された。指揮者の堂本(伊藤孝雄)をはじめ多くの団員はそれぞれの道に進むことを選び、残された者は独自で日本フィルを続けていく。入団して間もない樺沢昇(風間杜夫)も残留。局からガス、電気を止められている事務所で存続を求めるファンを集めてのコンサートが開かれその中に茂木伸子(田中好子)がいた。伸子は昇と同郷の長野県駒ヶ根市の出身で、過疎化の進む村の分校の教師。7年振りに会った伸子は成長しており、昇は伸子にひかれた。昇は伸子と語り明し、「運命は自分の意志で切り拓くもの」と言う彼女の言葉に勇気づけられ、自分の進む道を確信。放送局の弾圧は日毎に厳しくなり、立て篭るビルの窓は地方公演の間に金網がはられていた。数日後、昇に伸子から手紙が届いた。アルプスで日本フィルのコンサートを開くため、仲間とその準備を着々と進めているという。一方、日本フィルは資金稼ぎのためハードな公演スケジュールをこなしていた。そして昇の先輩、仲本が過労のため急死した。追いうちをかけるように、招待していた指揮者ハチャトリアンの来日が病気のために中止となり、伸子たちが券を売っている公演も流れそうになる。楽団員たちは渡辺暁雄(本人)に指揮を頼みに日参した。彼らの熱意に、渡辺は多忙なスケジュールをなんとか都合して、申し出を受けた。駒ヶ根市公演の日。客は満席の入りで生徒を連れた伸子もいた。大成功のコンサートに伸子の瞳から流れ出る涙は止まらなかった。クラシック愛好者やアマチュアオーケストラの人々がこぞって観賞したと聞く。打ち切りスポンサーはフジテレビと文化放送。実際に起きた「日フィル争議」を経て「市民とともに歩むオーケストラ」への変革を描いた作品で文学座が協力。ロマンポルノ製作していた日活が製作した一般映画。1981年9月9日公開、豊橋での公開は不明。日活公開劇場は萱町豊橋東映東隣の別世界ビル3階にあった日活小劇場。観客席も50席のミニシアターだったので公開したかどうかは未確認。115分【サイズ:B2ポスター】【年代:1981年】




