襤褸の旗

三国連太郎/中村敦夫、志村喬、荒木道子、浜村純、原泉、信欣三、西田敏行

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説明

ランルノハタ/脚本:宮本研。音楽:岡田和夫。監督:吉村公三郎。三国連太郎主演。足尾銅山鉱毒事件で、公害と環境破壊に敢然と闘いを挑んだ田中正造代議士の半生を描いた歴史実録作品。明治中期。東京の北東約160キロ、渡良瀬川上流にある足尾銅山。富国強兵の名のもとに強引な生産体制を敷いたため、銅が渡良瀬川にタレ流され、沿岸農村は、凄惨な毒と死の荒野と化した。栃木県選出代議士・田中正造は農民のたちの先頭に立ち、銅山操業停止を求め壮絶な闘いを繰り広げる。明治33年2月13日、請願書をふところに、農民の若き代表・一ノ瀬宗八や多々良治平らを先頭に、農民代表1万2千名が、東京に向かう。利根川を渡る川俣で待ち受ける武装警官、憲兵の大部隊に苛烈な大弾圧を加えられた。これが「川俣の闘い」。東京では、帝国議会で田中正造が、この事件を取り上げ、激しい鉱毒弾劾質問演説を行う。足尾鉱毒事件は全国的問題となっていた。「亡国に至るを知らされば即ら亡国の儀につき質問」との田中正造の追及に対し、総理大臣山県有朋は「質問の趣旨その要領を得ず」と、答弁を拒否。正造は憲政本党脱党して議員を辞職。正造が嫌っていた社会主義者・幸徳秋水を尋ね、天皇への直訴文執筆を依頼する。前代議士の天皇直訴で天下を驚かせた田中正造を、政府は“狂人”扱いにし放免。以後、正造は毒に犯された波良瀬の大地と農民のもとに帰り、不屈の闘いを続けるが日露戦争のファシズム化の中で停滞を辿らざるを得なかった。宗八の妹・タキと結ばれていた治平も召集されやがて復員。正造に師事した和三郎はキリスト教者から社会主義者の道へ、同じく正造に師事した女性記者・杉本華子は正造に訣別し、足尾鉱山労働者の闘いの中に入って行き、治平も妻子をおいたまま、その後を追う。明治40年6月29日、谷中村最後の日が来た。足尾鉱毒闘争の高まりの中で、古河市兵衛の妻は入水自殺するが、古河と政府は、洪水防止の一大遊水池開発の名目で、闘いの中心である谷中村一帯の壊滅を図る。踏みとどまる窮迫の農民たちに、残酷非情の士地収用法=強制破壊を執行。6年後、孤独で巨大な先達・田中正造が息を引きとる。モノクロ、115分。三国連太郎の渾身の演技、西田敏行の映画初出演。1974年5月公開だが豊橋では未公開、全国的に自主上映会で展開した。【サイズ:B2ポスター】【年代:1974年】